#5 / 秋元里奈

#5 / 秋元里奈

Rina Akimoto

株式会社ビビッドガーデン 代表取締役CEO

神奈川県相模原市の農家に生まれる。慶應義塾大学理工学部を卒業した後、株式会社ディー・エヌ・エーへ入社。webサービスのディレクター、営業チームリーダー、新規事業の立ち上げを経験した後、スマートフォンアプリの宣伝プロデューサーに就任。2016年11月に株式会社ビビッドガーデンを創業。

一次産業 × IT で「こだわりを正当に評価される世界へ」。
食べチョク・秋元里奈さんが一次産業に捧げる思い。

食料自給率の低下に、担い手不足……。課題の多い一次産業にD2Cモデルで切り込むのは、若干29歳の可愛らしい女性でした。その人は、株式会社ビビッドガーデンの秋元里奈さん。農家や漁師などの生産者から食材を直接購入できるオンラインマルシェ『食べチョク』を運営しています。「廃業する農家さんがこれ以上増えてしまう前に、一刻も早く事業を大きくしなければならない」と話す彼女の想いの強さの裏には、どのような経験があるのでしょうか。

バッグはオシャレできる数少ないアイテム。

この日、トレードマークでもある自社のTシャツを身にまとって現れた秋元さん。自社が上場するまではTシャツを着続けると宣言し、2017年から毎日このTシャツで過ごしています。「私服もいつかは着たいです」と笑う彼女にとって、バッグはどんな存在なのでしょうか。

「オシャレできる領域が限られているので、バッグは自由にオシャレできる数少ないアイテムのひとつです(笑)。Tシャツが紺色なので、アクセントになるような赤色のバッグが好き。この、ラシットのバッグもブラックをベースにしているけれど、ショルダーテープのピンクが差し色になって可愛いなと思いました」

秋元さんは自宅兼オフィスに住んでいるため、コロナ禍による自粛期間中は一歩も外を出歩かなかったそう。そのことで、ファッションやメイクへの特別感がより身に染みたといいます。

「食べ物も生産者さんから直接買うので、1カ月くらい家を出なくてすみました。だからこそ、外に出ることへの特別感がすごくあります。バッグもファッションもそうだし、そもそもメイクもしていなかったので、きちんとメイクして外に出るだけでテンションが上がります!」

color: Black Gray

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「農家を継がないでほしい」と言われた幼少期。

農家に生まれながら、両親には「稼げない職業だから継がないでほしい」と言われて育ったという秋元さん。現在、実家の農家は廃業していますが、20年前、彼女が9歳のころはおじいさんが耕していた元気な畑の姿がありました。

「弟と私にとって、畑は格好の遊び場。ボーイスカウトの活動で、同級生がうちの畑に芋掘り体験をしにきたこともありました。彼らが喜んで帰っていく姿を見て、自分の実家がとても誇らしかったんです」

中学校3年生のときに、農業を営んでいたおじいさんが亡くなり、次の担い手がいなくなってしまいました。寂しさはありながらも、その時点では農業にまつわる事業を将来自分が起こすことになるとは思っていなかったそうです。

「新しい価値を届けられるような仕事をしたい」。

もともと、人前に立つようなタイプではなかったという秋元さんに転機が訪れたのは、大学の学園祭で実行委員会のリーダーになったときのこと。

「1年生のときから実行委員会に入っていて、真面目だったのでとにかくコツコツやっていたんです。気が付いたら同期は実行委員会に来なくなり、最高学年になった私が消去法でリーダーになりました(笑)。ゼロからステージ企画をつくったのですが、とてもやりがいがあったし、自分がみんなをまとめる体験が楽しくて。こういうことを仕事にしたいと思うようになったんです」

親の勧めで銀行や証券会社への就職を目指していた秋元さんですが、ゼロから企画する楽しさに開眼し、「新しい価値を届けられるような仕事がしたい」と、IT企業の株式会社ディー・エヌ・エーに入社。

「会社員時代の3年半で、4部署を経験しました。あるとき新規事業の立ち上げに没頭していたのですが、赤字の事業をなくすという会社の判断で、立ち消えになったことがありました。私は将来性があると思っていたので『あと半年で黒字化するので続けさせてください』と交渉したものの、会社のお金を使っているわけですから、それは叶いませんでした。今思い返すと、この経験ものちに起業を選択する要素になったと思います」

実家の荒廃した農地を見て覚えた違和感。

農業の領域について真剣に考えはじめたのは、社会人になって3年を過ぎたくらいのころ。参加していた社会人サークルで実家が元農家だと話したところ、農地でイベントを開催する企画が立ち上がりました。

「私のなかで実家の農地のイメージは昔のまま止まっていたので、『そこに集まってイベントしたら楽しそう!』と、どんどん企画が膨らんでいきました。でも、いざ実家に帰って農地を見てみたら、かつてのように人が呼べる状態じゃなかったんです」

その光景にショックを受けた彼女は、「そもそも、なぜこうなったのか」を考えはじめました。鎌倉をはじめとする近場の農家に会いに行き、話を聞かせてもらうように。そんななか、「農業には明確な課題があるのに、何十年も解決されてないことに違和感を覚えた」といいます。

「それで、事業でフルコミットしたいと思いはじめたんです。一番合理的なのが起業だと思ったのですが、やり方はわからなかったので、いろんな人に相談しに行きました。起業したことのある人は『一刻も早く会社を辞めて起業するべき』、起業したことない人からは『それはやめたほうがいい』と、意見は明確に分かれました。自分でやった人にしか見えない世界があるんでしょうね」

創業してTシャツを毎日着るようになるまで。

起業を決意した秋元さんは2016年9月にディー・エヌ・エーを退社し、11月にビビッドガーデンを創業。翌17年5月には、ついにオンラインマルシェ『食べチョク』をリリースします。苦労の末、47都道府県すべての農家さんと契約できたそうですが、「リリースのときに大変だったことを鮮明に覚えています」と、当時を振り返ります。

「私がコツコツ溜めてきた農家さん60軒分の紹介文が、リリース直前に全部飛んでしまったり、サイトを見たらバグが見つかったりと、いろんなトラブルが多発して……初めて“3徹”しました。その甲斐もあり、なんとか無事にリリースできたんです」

トレードマークのTシャツを着始めたのは、2017年7月ころから。現在ではTシャツを軸にメディアに取り上げられることも増えましたが、もともとは戦略的に着ていたわけではなかったとのこと。

「つくったTシャツを手伝ってくれた人に配ったのですが、20枚以上余っちゃって。電車広告に出すくらいの気持ちで毎日着始めたのが最初です。初期のころは実績もなかったのですが、Tシャツを毎日着ていることで生産者さんや投資家さんに覚悟が伝わるようになりました」

被災した生産者さんのために自分ができること。

Tシャツを着ることで覚悟が伝わった甲斐もあり、2018年に初の資金調達を実施。2019年には2億円、2020年には6億円を追加で資金調達しています。 順風満帆に見える秋元さんですが、2019年、大きな挫折感を味わう出来事に見舞われます。

「台風が直撃し、知り合いの農家さんが被災してしまったんです。いてもたってもいられなくて、夜行バスで福島の相馬市にボランティアをしに行きました。泥を撤去してそのまま夜行バスで帰ってきたんですけど、家にある泥の10分の1も片付けられなくて、すごく無力感を覚えました」

ようやく合間を縫ってつくった時間では、できることは限られているーー。そのことを痛感した秋元さんは、冷静に自分がやるべきことを考えました。

「当時の規模だと農家さんを支援しきれるほどではなかったので、悔しい想いが強かったです。『食べチョク』を大きくして、もっと多くの農家さんを支えられるようになりたいと考えるようになりました。そして、『次にもし同じようなことがあったら、誰よりも早く動こう』とも」

生産者と消費者をダイレクトに繋ぐメリット。

昨年の台風での悔しい経験が生かされる機会が、今年、早速訪れます。新型コロナウイルスの世界的な流行という未曾有の事態に陥ったとき、スピーディーに動いて支援を開始。

「2月末に社員を集めて会議して、3月2日からはコロナの被害を受けた生産者さんへの支援を開始しました。今年2月末の時点で生産者さんの登録数は750軒でしたが、販路がなくなってしまった方たちからたくさんのSOSが届いて、8月には登録数2,200軒を突破し、注文数も73倍に増えました」

この時期は「スーパーから食べ物がなくなった」、「生産者さんが困っている」といった報道もあり、消費者の意識も変わったように思います。はじめて生産者さんから農産物を直接購入する体験をした人も多かったのではないでしょうか。メリットは、手軽に産直食材を手に入れられる消費者だけでなく、販売する生産者にもあるのだとか。

「スーパーへ卸すだけだと消費者の反応はわかりませんが、『ありがとう』や『おいしかった』という声が届くだけでモチベーションになるようです。『〇〇産の野菜』じゃなくて、自分の名前を出して売れるので、自分のつくった野菜への客観的な評価を初めて知ったという声もいただきました」

こだわりが正当に評価され、農家を稼げる職業へ。

今年に入り、社員が10人を超えたというビビッドガーデン。起業家として自ら動いていたフェーズから、経営者として組織づくりをしていくフェーズへ変わったと、秋元さんは実感しています。また、彼女は「3年後の上場を目指している」と宣言していますが、急成長を続けたいという思いは、「お金を儲けたいから」ではありません。

「一次産業の担い手がどんどん減っていて、廃業されてしまう生産者さんが多いんです。私も『稼げないから農家を継ぐな』と育てられましたが、農家を稼げる職業にしたい。20年や30年では大きく変わりづらい業界なので、一生かけて取り組んでいきたいです」

現在は若手の生産者を中心に使われているサービスですが、ITが苦手な高齢の生産者でも収益を上げられる仕組みにしていきたいと意気込みます。そして、秋元さんが実現したいのは、「こだわりが正当に評価される世界」。

「こだわりが評価される世界になれば、『これだけがんばった結果、これだけ収益が上がりました』というモデルケースがたくさん生まれるはず。農業をやりたい人も増えてくるでしょうし、子どもに継がせたいと思えるような職業になるのではないでしょうか」

「農家を継がせたくない」と言われて育った秋元さん。実家が農業を廃業したことをきっかけに、「廃業を決める農家を一人でも減らしたい」という想いで起業しました。『食べチョク』は、“ビジネス”と“社会課題の解決”を両立させるためのプラットフォームではありますが、血の通ったサービスだと感じます。それは、秋元さんが取引している生産者さんをとても大切に思っているからではないでしょうか。“農業が未来でも正しく存在する社会であることを目指す”という彼女のビジョンから、新しい農業のカタチが生まれていくかもしれません。日本の一次産業の未来は、今まさに変わりつつあります。

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  • ITEM NO : CE-296
  • PRICE : ¥23,100
  • SIZE : W32×H24×D15cm
  • photo: WATARU KAKUTA
  • text: CHIHIRO KURIMOTO