#3 / 界外亜由美

#3 / 界外亜由美

Ayumi Kaige

mugichocolate株式会社 代表取締役

1978年 三重県伊賀市生まれ。リクルートメディアコミュニケーションズで広告制作ディレクターを経験後、数社の広告制作会社でクリエイティブ・ディレクター、コピーライターとして活動。2018年2月14日、mugichocolate株式会社を設立。コピーライターとして培った言葉の力と、デジタル・ソーシャル・マーケティングを掛け合わせた総合的なコミュニケーション設計を提供。クリエイティブ制作事業のほか、自社事業『MotherRing』にて、産前産後の家庭とケアワーカーをつなぐマッチングサービスや講座コンテンツを企画・運営。

「妊産婦さんに選択肢と人権を」。
mugichocolate代表・界外亜由美さんのバッグと人生観。

「バッグの選び方には人生観が出ると思う」――そう話すのは、界外亜由美さん。彼女が代表を務めるmugichocolate株式会社は、コピーライティングなどの制作事業と、産前産後の母親をサポートするケアワーカー事業を展開しています。ライフステージの変化をしなやかに受け止めながら、次の世代に選択肢を増やそうとする界外さんが選ぶバッグには、どんな“人生”が詰まっているのでしょうか。

バッグの選び方が導き出す人生観。

仕事とプライベートを隔てることなく、大きなバッグを愛用しているという界外さん。一方、街で見かける小さなバッグについて、気になっていたことがありました。

「ポシェットみたいにすごく小さいバッグ、あるじゃないですか。パソコンどころか財布も入らないのに、どういうことなんだろうっていつも思ってて。

友達がお会計するときに見ていたら、小銭が直接バッグから出てきたんです。お財布が入らないから、このバッグで出かけるときには諦めるんですって。私は財布が入らないとダメなんだけど、彼女はバッグの優先順位のほうが高い。これって人生の選択肢とか価値観の違いだなって思ったんです」

界外さんにとってバッグは、“自分が持っていきたいものを運ぶ道具”であり、そこから導く人生観は“仕事をしたい人生”だと分析。

「選ぶときは“デザイン”から入るけれど、最終的な線引きは“機能”なんです。私の場合はパソコンを持ち歩きたいから大きいサイズでなきゃいけない……つまり、どこでも仕事したい人生だということ。逆に言うと、小さなバッグで過ごしたいっていう人は、私とは全く違う人生なんだろうな。次の人生を生きるときには“小さいバッグの人生”もやってみたいけど」

ラシットのバッグはいかがでしたか?

「特別な日ではなく、日常使いのバッグなんですよね。ナイロンだけど強そうだし、雨に当たっても大丈夫そうな素材、だけどデザインはカッチリめ。そのポジションっていいなあと思って。大きさもね、仕事をする人に最適な大きさだなと」

color: Camel Gray

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“トラブル多め”の新卒〜会社員時代。

“仕事したい人生”を送る界外さん。2001年に神戸の大学を卒業後、社会人としてのキャリアはウェブデザイナーからスタートしました。

「もともとウェブデザインなんてしたことがなくて、HTMLを手打ちした自作のウェブサイトを携えて面接に行ったら『ひどいデザインですね』とはっきり言われました(笑)。それでも、そこにあったコラムの文章が面白いからという理由で、コピーを書くことを条件に採用されたんです」

こうして持ち前のバイタリティで、大阪のウェブ制作会社に入社。社会人になりたてのころは「周りにたくさん迷惑をかけた」といいます。

「とあるクライアントの採用サイトを担当したんですが、そこで事件が起こります……。マウスオーバーするとアクションが出る仕様にしたんですけど、クライアントから、『マウスオーバーしてないのにアクションが出るときがあります』って指摘されて。『じゃあ、そうなったときにリセットできるボタンを作りました!』みたいな、増改築を繰り返した旅館のようなサイトができて(笑)。今でこそ笑い話ですが、当時はほんとに心苦しくて、1年で転職しました」

転職先では制作ディレクターとなり、旅行情報誌を制作する部署に配属されます。

「あるときスキーツアーのページをつくったんです。そしたら、発売日から会社の電話が鳴り止まなくて。何かと思えば『昨年のカレンダーで出てます』と。出発日によって旅行代金が変わるのですが、出発日と曜日が全部ズレてて。やばい、ここも向いてない! と思って、違う部署に入れさせてくれないかと頼み込みました」

見切りをつけるのも早い界外さん、ここも1年で異動し、求人広告をつくる部署へ。制作ディレクターとしてクライアントワークを担当するように。

「そこの仕事は楽しかったんですよね。コピーライターズクラブに所属してるような力のあるコピーライターがたくさんいて、いろいろ教えてもらいながら仕事していました。そして、求人広告以外にもいろんな仕事を手がけてみたくて転職しました」

ほぼ1年ごとに転職や異動を繰り返してきましたが、本格的にコピーライターの仕事をスタートしたのがこのころ。3〜4年経った時期に、もっと大きな仕事がしたいと、東京に行くことを決意します。上京して1年後の2007年に結婚し、さらにその翌年には子どもを出産と、目まぐるしい日々を送りました。

産前産後の母親を支援する団体との出合い。

現在の自社事業に繋がるきっかけとなったは、2011年の東日本震災。

「子どもが2歳のときに震災があったんです。どこかへ寄付したいなと思って調べていたら、『東京里帰りプロジェクト』を知りました。これは、東京の助産師さんが被災地の妊産婦さんを受け入れて、産前産後だけでも安心して過ごしてもらおうというプロジェクトでした。自分も子育て中で、その思いに共感できたのでいくらか寄付をして、備考欄にメッセージを書いたんです。『お金の支援もできるけど、こういう仕事をしているのでお手伝いも必要だったら声をかけてくださいね』って」

実際に連絡がきて、プロジェクトの手伝いをするように。助産師さんや、“ドゥーラ”を普及させようとしている人たちとの関わりもできていったそう。さて、まだ日本ではあまり耳馴染みのない“ドゥーラ”とは?

「出産時に立ち会ったり、産後にお手伝いしたりする、実家のお母さん代わりみたいな専門家のことです。ドゥーラ協会が立ち上がるタイミングで、コーポレートアイデンティティづくりやスローガンを書くお手伝いをしました」

これまで経験してきた制作業とは違うことにプライベートでチャレンジしていくうちに、独立を決意するのでした。

80歳までの役割を持てる器がほしい。

フリーランスで仕事を続け、もうすぐ40歳になるというころ、ついに起業。界外さんが起業したいと考えたのは、こんな思いからでした。

「リンダ・グラットンの『LIFE SHIFT(ライフ・シフト)』が話題になり、“人生100年時代”といわれはじめたころです。短く見積もっても80歳くらいまで生きる可能性がある中で、自分が80歳のときに何をしていたいかを考えたときに、役割や仕事があるといいなと思ったんですよね。でも、80歳になってもコピーをバリバリ書いている想像はできなくて、ライフワークとなる新たな仕事をはじめたいと思うようになりました」

そこで、コピーワークやクリエイティブディレクションなどの制作事業はひとつの軸にしつつ、プライベートでも交流を続けていた、産前産後のケアワーカーに関する事業を立ち上げます。その名も、『MotherRing』。産前産後のケアワーカーと、家庭を繋ぐマッチングサイトをつくろうとしてはじまったプロジェクトです。それは、母親のケアだけでなく、働き手の課題を解決する第一歩でもありました。

「例えば、子どもを産んだ助産師さんの中には、夜勤を含む病院での勤務は難しいので“休眠助産師”となることが多いといった問題があります。他にも、ドゥーラさんや理学療法士さんなど、妊娠・出産・子育ての領域で活動している素敵な人たちがたくさんいますが、まだそういった専門家の存在があまり知られていません。そして、昔は実家の母など、家族の手を借りて子育てする人が多かったのですが、現代は核家族で子育てをすることが増えています。そういった状況から、産前・産後の親子を支えたい人と、支えの必要な人たちが上手に出会う機会をつくりたいと思っているんです」

“ワガママ”と“人権”の違い。

最近ではコロナ禍の影響で、立ち会い出産ができなくなった妊産婦さんの声を聞くことが増えました。この現状を変えて行く方法も、界外さんは模索しています。

「先日、ニューヨークで活動するドゥーラさんに、『新型コロナ流行下の出産』というテーマでオンライン講座を開催してもらいました。ニューヨークの病院でも、一時立ち会い出産ができない時期はあったのですが、ニューヨーク州のアンドリュー・クオモ知事はその後、新型コロナウイルスの検査を受けることを条件に、1人だけ分娩室で立ち会うことができるという州知事命令を出したんです。

産婦だけでなく、小児科の患者、知的障害・発達障害・認知症など認知障害のある患者など、医療ケアをおこなうために支援が必須であると判断されたすべての人に、1名の患者支援者が付き添うことを許可しなければならないというものでした。近年の国際的な考え方として、『出産の付き添いは贅沢品ではなく、人権ともいえる必需品だ』とされているんです。もちろん感染対策はすごく大事ですが、同じくらい産婦さんの立ち会いを希望する権利も大事なものなのです。まだ収束の予想がつかない今、みんなで何ができるのかを思慮深く、忍耐強く話し合うべきだと思っています」

“人権”という言葉にハッとさせられます。産前産後の女性のなかには、医療者との関係悪化を恐れ、自分のワガママかもしれないと言い聞かせて、主張を飲み込む人も多いのではないでしょうか。

「日本では、文化的にも声をあげるということが良しとされない風潮もあります。今後も世界の先行事例などを参考に、日本の現場でできることを模索していきたいですね。0か100かではなく、オンラインでの出産立ち会いなどの折衷案もあっていいですし。もしオンラインでの立ち会いの実用化が進めば、感染症のあるなしに関わらず、今後も選択肢のひとつになっていくと思うんです」

自分や赤ちゃんを守るために“我慢する”のではなく、守りたいからこそ“声を上げ話し合う”こと。“ワガママ”と“人権”の違いについても、私たちはもっと自覚的になったほうがいいのかもしれません。そして、一方的に言い聞かせたり、諦めたりせず、丁寧に話し合うことが大切なのだと気付かされました。

「人生100年時代」に向けて、年齢を重ねても役割を持つため、これまでのキャリアとは異なるライフワークにチャレンジするという、新しい働き方を実践されている界外さん。私たちも、もっと柔軟に仕事やライフワークを選択していってもいいんだと、背中を押されるようでした。新しい時代の“当たり前”は、もうそこまできています。

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  • ITEM NO : CE-296
  • PRICE : ¥23,100
  • SIZE : W32×H24×D15cm
  • photo: WATARU KAKUTA
  • hair&make-up: YUKA TOYAMA (mod’s hair)
  • text: CHIHIRO KURIMOTO